大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和50年(う)224号 判決 1976年3月30日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官小林大樹作成の控訴趣意書並びに弁護人安藤和平および同安部洋介連名作成の控訴趣意書(主任弁護人は本件殺意および金員強取の意思発生は、ロープで松本の首を絞めようとした時であると釈明の上陳述した。)各記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。

弁護人安藤和平、同安部洋介連名作成控訴趣意書記載の控訴趣意について。

論旨は要するに、被告人が強盗殺人の犯意を抱いたのは、被告人が最初に被害者松本政雄の顔面を一撃した時点ではなく、その後被告人がロープで右松本の首を絞めようとした時点においてであるから、最初の一撃の時に被告人には強盗殺人の意思があつたとの原判示認定には事実誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにある。

しかしながら原判決挙示の各証拠によれば、原判示事実は、被告人が強盗殺人の意思を抱いた時期の点をも含め、これを十分に認めることができ、所論にかんがみ記録並びに当審における事実取調の結果を検討しても原判決に事実誤認の廉は存しない。

所論は被告人の検察官に対する昭和五〇年三月二五日附(二)供述調書の第一一項記載部分を捉えて、被告人が松本の顔面をスコップで殴つたのは、それまでの松本の言動に対する怒りが一時に爆発して暴行に及んだだけであり、被告人の右供述記載部分は被告人の原審第一回公判以後の「最初から殺して金をとる意思はなかつた。」との供述と合致し、被告人の右供述内容は本件犯行に至るまでの心理傾向からも理解可能であり、当初から強盗殺人の意思があつたことを認める被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の記載はその信用性において疑問があるというが、前記被告人の検察官に対する昭和五〇年三月二五日附(二)供述調書を更に検討すると、被告人は松本に最初の暴行を加える以前にスコップで脅かしてでも、また少し位殴つてでも松本から金を出させようと考え、スコツプを背後に隠し持ち、同人に近附き、同人に一万円の貸与方申入れたが、同人からにべもなく断られたのでただちに隠し持つたスコツプの柄を野球のバツトのように握り、斜め右から横殴りに松本の顔を一回力まかせに殴つたこと、引き続いて原判示のとおりの一連の暴行および現金の強取に及んだことを述べているのであるからむしろこれによつても被告人は当初から強盗殺人の意思があつたことさへ窺われるのであつて、必らずしも前記供述調書の記載を以て被告人が中途から強盗殺人の意思を抱くに至つたと認定すべき根拠とすることはできず、被告人が当初から強盗殺人の犯意があつたことを認めた各供述調書の記載に信用性がないとはいえない。この点につき原判決が詳細に説示しているところは当審においてもこれを十分に首肯することができさらに記録および当審における事実取調の結果を仔細に検討しても、原判示認定を左右するに足る証拠はなく、原判決に事実誤認の違法は存しない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意について。

論旨は原判決の量刑は軽きに過ぎ不当であるというにある。

よつて所論にかんがみ記録並びに当審における事実取調の結果を検討すると、被告人は恰も牛馬を屠殺するが如き方法で被害者の顔面にスコツプで致命的な一撃を加え失神して転倒した被害者の首筋をさらにスコツプで殴打したうえロープで首を絞め現金を奪取した後もまたロープで首を絞めて殺害を愈々確実なものとして死体を川に運んで遺棄し犯跡を隠蔽するなど、残忍、冷酷な犯行の態様を考慮すると犯情は洵に悪質で同情の余地は少いのであるが、被告人をかくまで逆上させるに至つた事情を考えれば、被告人と被害者は同じ職場の同僚の賭博仲間でもあつたところ、当日は前日から延々九時間に及ぶ賭博行為をなし負けに負けを重ねた被告人は数万円の所持金全部をひと晩のうちに失つてしまうという悲惨な結果に終り、これは被害者がいかさまをしたのだと深く含むところがあつたところにもつて来て、無一文となり途方に暮れた被告人が翌日の無尽掛金に必要な一万円の借用方を申入れたのに対し被害者から素気ない態度でこれを拒否されるという事態に直面し、怒り心頭に発し、ついに本件犯行に及ぶに至つたもので、被害者に今少しく冷静な思いやりの気持があつたならば、かくまで被告人を追い込むことはなかつたのではないかと惜しまれてならない。被告人にはさしたる前科もなく、その日常生活にも格別問題とすべきところもなかつたこと、現在では、被害者およびその遺族に対し取り返えしのつかないことをしてしまつた罪深い自己の行為をざんげし、いかなる苦るしみをも甘受して亡き友の霊を慰めることを心に誓つていること、被告人の家族も遺族に対し誠意をもつて慰藉に努めていること、その他諸般の事情を考慮すると、原判決が被告人に対し懲役一五年の刑を以て臨んだのは相当で、その量刑特に軽きに過ぎ不当であるとは認められないから、論旨は理由がない。

以上の次第で論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中一五〇日を刑法二一条により原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例